収穫祭

「わぁお」

ピコピコ動く三角の耳と左右に揺れ動くふさふさの尻尾。
待ち合わせの時間よりも随分と早く着いたらしい恋人は狼男になっていた。尻尾に頬擦りすると獣臭い匂いがする。すご、何技術これ、あ、もふもふする!手触り思ったより良い!
「スティーブンさんでもこういうイベント乗っかったりするんすね」
「まぁ大事な日だからね。少年は仮装しないの?」
「しませんよー、ぼかぁ何歳だと思ってんですか。子供じゃないですもん」
「子供じゃないの?」
「お酒も飲めますし、納税義務もあります!」
「でもこれだけ小さ………いからね、うん。子供にカウントしちゃうなぁ」
無言で踵を蹴った。次いでに鳩尾に頭突きした。いったいかったい、筋肉の壁かよ何なんだよ巫山戯んなよ。
スティーブンさんは「じゃれてるの?」と笑いながら手を引っ張る。
彼の連れて行ってくれるお店はどこも美味しくて外れがない。何時もは値段を考えて遠慮がちになってしまうけど今夜は無礼講で注文しまくってやると胸に決めた。

街は可愛い子供のお化けや、化け物が化け物の仮装をしていたりと何時もより賑やかだ。
繋いだ手をぶんぶんと振り回したい気持ちをぐっと堪える。散々子供だ子供だ言われたのを否定した癖にと詰られたら否定出来ないし。でも周りが浮かれてると自分も浮かれたくなる。
来る途中にも南瓜の形に切られた紙吹雪を浴びた。金と銀のテラテラした薄い紙が皆の服にくっついてしまうのも今夜ばかりは愛嬌がある。
多分そうした小さなイベント事が段々とテンションのボルテージを上げていくのだ。
人混みを縫う様に歩いて行くとギョッとする様な仮装の人達が何人か居る。皆メイクのクオリティが凄い。
「さっきの人凄かったですね、本物のお化けみたい」
「案外本物のお化けかもしれないぜ」
「えーあれはメイクですって」
「夢がないなぁ。だが少年、 ハロウィンの意味を考えれば本物だって混じってても可笑しかない」
首を傾げながら見上げるとスティーブンさんは握った手にぎゅっと力を込めた。
「ハロウィンの起源は古代ケルトにあると言われててね、死んだ祖先を盛大に迎える為の儀式だったんだよ。霊を慰める文化はどこにでもあるもんだけど、彼等は愛おしい祖先ばかりではなく子供を攫ってしまうような悪い霊までもが現世に来ると考えた」
人混みを抜けると途端にシンと周りが静かになった。
繁華街とは反対方向に歩みを進める。
「子供達を攫われないように、悪霊が悪さをしないように。おどろおどろしい魔女や狼男、骸骨にお化けの振りをして悪霊を驚かせて追い出す事にしたんだ。だから子供は仮装をしなけりゃならない。外を出歩くなら仮装は義務だぞ少年、シーツに穴を開けて頭から被るだけでも効果はあるんだからな」
「だから子供じゃねーです。にしてもお化けに仮装した人間なんかに驚いちゃうなんて悪霊さんも可愛いもんですね」
「本当に驚いてる訳じゃないさ、礼儀みたいなもんだよ。しきたりって大体そうだろ?」
死んでからもしきたりとかマナーとか面倒そうだなと思った。死後も楽じゃないのか、ゲーム天国は幻想か。
「じゃ、トリックオアトリートってのは何ですか?お菓子会社の陰謀?」
「一理あるかもな、でも陰謀だけじゃないぜ。お菓子は特別で魔除けの意味も持つ。または身代わり。トリックオアトリート、悪戯は連れ去る隠語、お菓子は身代わりであり悪霊を払うモノ」
「身代わりを立てれないなら身体で払えって?犯罪じゃないですか」
「大分悪意を盛って言い直したな。まぁそういう事」
「だってやってる事は犯罪────アレ?」

頭上にある折れ曲がった看板は墓地を指している。
頭の中でHLの地図を思い浮かべた。距離がおかしい。徒歩で来れるような場所ではない。
「スティーブンさん?僕達どこに向かって」
「『死者の歩みは速いのだ。死者の歩みは速いのだ。』」
「何言ってるんですか?戻りましょうよ、ねぇ」
「レノーレの愛する恋人は一晩で娘を自身の眠る墓へと連れ帰った。魂は時間と距離に囚われない」
「意味がわかんないですよ、何が言いたいんです?」
「少年、言ったじゃないか。悪霊は子供を攫うと」
「だから子供じゃないって、ああもう!タクシーでも呼んでさっさと戻りますよ!」
スマホの画面を開くとメールの山と着信履歴で埋め尽くされていた。発信元はスティーブン・A・スターフェイズ。
「は、」
狼男は尻尾を揺らして機嫌良く尋ねた。

「トリックオアトリート?」

瞬間、牙をむき出した男に氷の刃が突き刺さる。
「トリックもトリートも無しだ」
息を切らしながら言葉を吐いたのは草臥れた姿の恋人だった。当たり前の様に狼の仮装なんかしていない。
「スティーブンさん?!え?は?!」
ざっくりと氷が突き刺さっている男とゼェゼェと荒い呼吸を繰り返す男はスティーブンだった。レオナルドは首が捻じ切れんばかりの速度で交互に二人を見る。
狼男のスティーブンは胸に突き刺さった氷を引き抜いた。血も穴もない。無傷だ。
「駄目だよ、悪戯かお菓子。どちらか対価は必ず必要だ。だってこの子供は化け物のナリをしちゃいない。それは僕らの理論だと連れて行っていい事になる」
「煙草はどうだ」
「それはどう考えたってお菓子じゃないだろ」
スティーブンは舌打ちして飴玉の一つでも入ってやしないかと服を漁るが収穫は無かった。
「代わりに僕が行く、その子は駄目だ」
「大人は連れて行けないよ」
「その子も成人だぞ」
「下の連中共は問題無しだと言ってるからね、悪いが諦めな。今夜は理が違う、こっちも仕事だ。後でオルフェウスの様に迎えに来ればいい」
「馬鹿か、そう易々と冥界下りなんか出来るか」
「そちらの神に頼めば良いだろう。すし詰め状態で居ると聞くが?」
「生憎神様の種類が違う。それに僕は神に祈るより踏み付ける主義でね」
「ああ残念、それじゃあ訣別だ」
言葉の応酬にぱちくりしていたレオナルドはハッとして狼男の袖を引いた。
「えーっと、お菓子が欲しいんですか?」
「欲しいと言うよりお菓子が無いならってとこだけど」
「あの、あります」
ごそごそと鞄から取り出したるは可愛らしいラッピングのアイシングクッキー。お化けのウィンクに星が散る徹底ぶりであった。

待ち合わせに来る前にバイト先の店長にハッピーハロウィンとウィンクされながら(店長は所謂オネェ系である)おばけの形をしたクッキーを貰ったのだ。繊細なアイシングが綺麗で、オレンジと紫のリボンで丁寧に包装されている。
「これで良いですか?」
狼男はポカンとした表情を浮かべていたが、手にお菓子を握りこませると苦笑しながら頷いた。
「確かにお菓子を貰ったなら悪戯は出来ないなぁ、決まりは守らないといけないからね」
言い終わるや男はくるんとターンして、パチンと弾ける音がしたかと思えば一匹の狼がそこに居た。口にはお菓子を咥えている。
レオナルド達が呆気に取られている間に狼は暗闇の中へと駆け出して行ってしまった。流石はHLのハロウィンだ。とんでもねぇ。

先に正気に帰ったのはスティーブンで、頭からコートを被せると側に停めておいた車の中へレオナルドを詰め込んだ。
「何すんですか!?」
「文句を言いたいのはこっちの方だぞ少年。大人しくコートお化けになっててくれ」
コートお化けとはなんだ、シーツお化けの親族か何かか。布系お化けの一族か。
「全く…厄介ごとに巻き込まれる呪いでも掛かってるのかと疑いたくなるよ。これからは毎年仮装が必要になるな」

途中に寄った店で若干のアダルトなフェチが入った悪魔の仮装までさせられ(仮装のチョイスに関してレオナルドに権利は一切なかった)少しお高めのお店で一人場違いな格好のまま、好奇の視線を浴びて食事をするのは大層な羞恥を伴った。なぜこんな目に合わねばならないのか。どう考えても不可抗力だと訴えたいが「メールも電話も返事無しに冥府に連れ去られそうな恋人を持つと心労が耐えなくてね」と嫌味を言われればぐうの音も出ない。仕事終わりにすいませんねぇ!
始終顔を真っ赤に染めながら食事をするレオナルドにスティーブンの溜飲が下がったのは言うまでもない。

余談だがその日買った悪魔の仮装はベッドの上でも着たままだった。心情的に来年も着れそうには無く、レオナルドはよよよと泣き伏した。

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