死ネタ

めめめめめ

カーテンを少し開けて目を細めた。
窓の向こう側には柵の上に乗った鳥達が皆僕を見ている。全ての鳥が赤銅の瞳を持ち、頬に傷が付いている。カーテンをピシャリと閉めた。
チャッチャと足音が鳴って黒い大きな犬が僕を見上げた。瞳は赤銅、頬には傷。僕はすぐに目を逸らしてドッグフードの袋を開けた。皿に盛れば彼の関心は食事に移り変わるのでその間に朝食を取った。
昼過ぎにソファでうたた寝をしていたら犬の唸り声がした。近所に住み着いてる野良猫がまた勝手に入り込んだらしい。猫は本棚やカーテンレールを軽やかに歩いてソファの背に飛び降りた。
じいっと上から覗き込んでいる瞳はやはり赤銅。ため息を吐いて冷蔵庫からほぐしたササミを取り出した。ついでに彼にも与える。毛繕いしている猫を写真に撮って画面をチェックする。

瞳はグリーンで頬に傷なんてものは無い。
犬の名前を呼んでシャッターを切る。グレーの瞳をしていた。勿論傷など無い。
なのに僕の目にはあの人の瞳と傷が映る。
膝の上で伸びをする猫も、見上げてくる犬も。
外の鳥も、屋根裏のネズミだってきっとそうだ。

翌日は麓の町に調味料を買いに行った。
馴染みの店に新しく入った男は良く冗談を言う人で好感が持てる。一昨日偶然会った時には荷物を半分持ってくれた。
お礼にと簡単な焼き菓子を持って行ったけど無駄になった。カラスの群れに襲われ酷く目を怪我したそうだ。今は入院中らしい。
「グレッグは運が悪かったんだよ。カラスの繁殖期なんてまだまだ先の筈なんだがな」
ちょうどほら、あそこの狭い通りだよ。店主が指差した方に目を向けると赤銅の瞳がいくつも並んでいた。

僕は家に帰って突っ伏して泣いた。これからはもっと人付き合いを減らしていかなきゃならない。


「なぁ、愛してるって言ってくれよ」
「はいはい愛してますって」
「軽い、やり直しを求める」
「えー…」
スティーブンさんはなんかちょっと、いやかなり、変わったように思える。
最初の頃はもっとあっさりした付き合いだった。愛情深くなったんだと言われたらそうかもしれない。何かと僕に愛してるって言わせたがる。他に目を向けるなって言う。冗談混じりだった言葉が真を帯びて来たのはいつからだったのか。目が笑わなくなった。
恋人同士なんだから求められるのも束縛されるのも嫌では無いんだ。ほどほどで、度が過ぎなければ十分。ただ最近は行き過ぎてる気がする。竃の中に閉じ込めてやろうとか、レオは俺が居ないと駄目だよな?とか、少し外に出るだけでも付いてくる。
「冗談は笑いが取れる範囲に抑えとくもんっすよ」と茶化せば「そうだな」と首を縦に振ってくれる程度には理性はある。ように見えるけれど彼がどこまで本気なのか分からない。正直なところ少し怖い。
K・Kさんに相談した時は「とっちめてあげるわ」と憤慨してたけど何処と無く嬉しそうだった。スティーブンさんと古い付き合いの人達は皆そう。
あのスカーフェイスも漸く大事な相手を得たんだなぁって嬉しげに言うから僕は本心を引っ込めるしかない。あの人が怖い、逃げ出したい、そんな気持ちがあるなんて言える訳がなかった。


第二次崩落はHLをミキサーでぐちゃぐちゃにかき混ぜた様だった。
上下左右の感覚が無い。でも見届けなければならなかった。それだけはよく分かっていた。ミシェーラの目を取り戻すにはそれしかないと。

燐光を放つ瞳が無くなっていると気付いた時にはミキサーの回転は止まっていた。五体満足であることに感謝した。
散り散りになった皆を探すには普通の目は不便で、恋人を見つけた時は彼が息絶える直前だった。
鉄筋が腹部を貫いていて、ああこれはもう幻界病棟の技術をもってしても助からないと理解出来た。悲しかった、本当にすごく悲しくて、血でぬるついた手を取って愛してますって何度も言った。
でも少しだけ、ほんの少しだけ安堵していた。
これでスティーブンさんから逃げれるって思ってしまった。だから見抜かれてしまったのだ。

「僕が死んだ程度で逃げられると思うな」

僕は握っていた手を振りほどいた。彼はもう呼吸してなかった。心臓は止まっていた。
葬儀が終わって、僕は距離を取った。義眼はもう無いし、彼を想起させるものは出来るだけ視界に入れたくなかった。皆気を使って引き留める事はしなかった。
「ずっと一人で居るなんて気が滅入るわよ」メッセージと共にずりずりと動く箱の中には子犬が入っていた。妹のサプライズには驚いた。
しばらくはやんちゃな犬の世話が大変ですっかりあの人の言葉は頭から抜けていた。
だから朝起きて大きくなった犬の瞳と頬の傷に気付いた時は恐慌状態に陥った。精神科にも受診した。後悔の気持ちが強迫観念に迫らせて幻覚を見て居るなんて言われても信用出来なかった。
だったらなぜ僕が親しくした人々が襲われるのか。偶然にしては回数が多過ぎた。
人と話すと赤銅の瞳が見張っている。不用意に距離を詰めるなと警告する。

カーテンを開けるのはやめた。人と会うのは最低限。森の中の家に一人きり。
「アンタはこれで満足なんですか」

見上げて来る赤銅の瞳に向かって呻くとニンマリと彼が目を細めた。

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