ラビアレ

食欲

突然吐き出した子供に眉をひそめた。

大通りではない分まだ人の目が少なくて済んだが、それでも数人がこちらを見ている。
馬鹿弟子が。呼びかけるとまた吐き出した。
胃液で喉が焼けたのか途切れた返事しかない。
「なん、で」
「あ?」
「マナ?じゃない、けど、なんで、みえるの、僕のせいなの」
「意味が分かるように説明しろ」
子供の赤く染まった視線は子連れの夫婦に向いていた。

「師匠、アクマの魂が、見えます。師匠には見えませんか?」

二秒後には土煙と悲鳴、それから機械の残骸。
子供の言った事は的を得ていた。アクマだった。また吐いた。
呪いなの、マナはやっぱり怒っているの、なんであんなものがみえるの。
三日前にようやく立ち直した子供はまた踞った。確かにそれは呪いなのかもしれない。


「慣れなん?」
「主語を抜いて話すのは会話をする意図は無いと取っていいんですね?」
「あんなん見てもこんだけ食えるんだなぁと思いまして」
昼食だった。カフェのテーブルを三つも繋げないと僕の注文した料理は乗り切らなかった。ラビはコーヒー一杯だけ。
今にも雨が降りそうなオープンテラスは閑散としていて、だからわざと外で食べようと言い出した。中は人ごみだったし。テラス席は僕たちだけだったのにそれでもラビは小声で話しかけて来た。
「アクマのさぁ、あれ。あんな気持ち悪いもん見ても食えるもんは食えるんだなって思ってさ」
「ああ、なるほど」
「俺は未だに飲みもん以外は無理だ」
「悪かったですね、食欲失せるもの見せて」
「や、別に責めてるわけじゃねぇって、知的好奇心が旺盛なだけさ」
やっぱり慣れかぁ。質問に答える前に勝手に回答を出した様なので僕はクラムチャウダーからオムレツへと手を伸ばした。頭の中にアクマの魂を思い浮かべる。人間の憎悪を全部集めて塗り固めたような姿はグロテスク以外の何者でもなくて、思わず戻しそうになったけど咄嗟に水で飲み干した。
次はグラタン皿を手に取った。慣れたわけじゃないよ。今でも気持ち悪いって思うよ。己の罪を忘れるなってマナが僕を呪っている証だもの。慣れるはずがない。慣れてはいけない。もっとゆっくり味わって食えよ。呆れた声がしたけど一気にかっこまないと胃に入らないんだからしょうがない。
「大食い早食いは寿命を縮めんぞ」
「おふぁふぁいふぁふ」
せめて飲み込んでから返事しろよ。首だけ頷いておく。グラタンの次はパスタ、その次はカプレーゼ。
次から次へと料理を胃袋に納めて行く僕を見ながらなラビが呟いた。俺だったら吐き出しそうさ。

あ、と思った時には胃の中のクラムチャウダーだったりオムレツだったりグラタンだったりパスタだったりしたものが一気にせり上がって来て僕は口に手を当ててトイレに駆け込んだ。
寄生型は食べるのが肝心なのになんて事を、数分くらい呆然と洗面台の前で立ってた。戻って残りを食べないといけないのに。
席に戻るとラビが申し訳なさそうな顔をしていた。悪気はなかった。僕は何も答えずにまた食事を再会する。
今度はちゃんと胃の中に沈めよう。僕は食べないと駄目だから、吐きそうでもたくさん食べて糧にしてこの瞳におぞましい魂が映らなくなるその時まで戦わねば。マナの呪いが許されるその時まで。ズズズ、と皿を引く音に顔をあげる。

「ごめんな」
「なんで謝りながら僕のパエリア奪うんですか」
「俺も食うから」
「飲み物以外は無理じゃなかったんですか?」
「罪滅ぼしさね。俺もアレンと同じにすっからさっきの許してな」
一口含んで無理矢理飲み込んだ。これ結構しんどい。もう僕は戻さないから食べるならちゃんと食べてくださいね。涙目のまま少年の言葉に頷く。コーヒーで流し込めばなんとか胃に収まりそうだ。

「もう二度とあんなこと言わないでくださいね」
「了解」

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