オメガバース

ルサンチマンを潰す

運命の番という存在はアルファやオメガなら誰しも一度は耳にしたことがあるだろう。そしてそれがいかに厄介な存在であるのかも。

一目見れば分かると言われている通り、理性を一瞬で飛ばすほどの抗えない性質がこれまでの歴史の中で証明している。運命の番が国を滅ぼした原因になった事もある。
近世まではオメガの奴隷を多く集め、敵陣の指揮官や主力を担うアルファを使い物にならなくする。集めたオメガの中に運命でもいれば敵の情報を手に入れるのは容易い。逆に言えば同じ手段を取られればこちらが危うい。少しでもフェロモンに惑わされず理性を保てる薬を作る。魔術師、錬金術師、科学者といつの時代も試行錯誤に明け暮れた。
戦争の時代が終わりを告げ、人々が平和を謳歌し始めてからもそれは変わらなかった。
ある時世界的に有名な女優が書いた一冊の本が世間に一石を投じた。表題は運命への怨恨。
女優もその恋人もアルファであり、二人は何年も連れ添ってきた。二人ともお互いが一番のパートーナーだと疑いもしなかったし事実そうだった。一人のオメガが現れるまでは。
恋人は繋いでいた手を振り払い女優を捨てたのだ、オメガは彼の運命であった。何年も積み重ねてきた経験も思い出も一瞬で無かった事にされる。まるで脳味噌を入れ替えられたようだった。

書籍は出版されるやいなや人々の反響と同意を受けた。
自分が自分ではなくなる恐怖、今の恋人を捨ててしまうかもしれない、捨てられてしまうかもしれない恐怖。運命の番達は幸福そうに笑うが、果たしてその運命という性質を剥がされた時に彼らは同じように笑っていられるのか。薄い膜を取り払ってしまえば本来は選ばない相手ではないのか。意思をねじ曲げられているだけではないのか。
そういった思いに後押しされて科学者たちが運命のメカニズムを解き明かし、遺伝子情報にて事前に運命の番が分かるといった歴史的発見を公表したのが40年前、実用化されたのが20年前。
自分を狂わせる運命は恐ろしい。恐ろしいから会いたくない、ならば会う事の無いようにお互いに居場所を把握しておけば良い。
今や出生と同時にその情報は研究機関へと届けられ、全てのアルファ、オメガのデータベースと照合し運命の番である確率の高い人物達へ通知が届けられる。
よほど自分の性に関心が無いか、事故でも起きなければ一生出会わなくて済むのだ。ようやく人類は運命という恐怖から逃れる術を得た。


目の前の書類を親の仇の如く睨みつける。
19年前だ。運命の番である可能性が高い人物が出生したと確かに通知を受けた。だがその人物の住む街は飛行機でも数時間はかかるほど離れていたし、そんな田舎に足を運ぶ予定は今後の人生においてもなさそうだとすぐに情報は頭の隅に追いやった。これだけ離れていれば出会う事も無いと楽観視していた事は否定出来ない。故に事故は起こる。起きてしまった。

「だからってこれは無いだろ」

書類に貼り付けられた証明写真は糸目の子供であった。
記された情報はスティーブンの記憶が間違っていなければ運命の番であるはずだ。一生会わずに済むはずであった相手だ。

今日の為にと念のため飲んでおいた薬は強力だ。
三年前に現世と異界をぐちゃぐちゃにかき混ぜた街は、生存率の低下、犯罪率の上昇などの厄災と同時に技術進歩の恩恵も同時に受けた。本来であれば50年100年は掛かるであろう進歩が日々ノンストップで更新されていく。
副作用はキツイがオメガのフェロモン効果を20%以下までに下げる抑制剤を少し色をつけた値段で買えてしまうのだ。HL万歳といったところか。この街に来てしまえばアルファもベータもオメガも関係ない。なんせ異界人も居るんだ。
しかし運命相手ではどうなるかは分からない。念には念を。
お陰様で包帯でぐるぐる巻きにされている運命に襲いかかるなんて無様な醜態を晒す事は無かった。
一瞬チカチカと電球が点滅する感覚があったがそれだけだ。薬がなければ恋の衝撃とかそんなレベルのものだったかもしれない。なんて恐ろしい性。
二、三言葉を交わして病室から去ったところで首を傾げる。事前に強力な薬を飲んでおいた自分は兎も角、なんであの少年は運命にそれらしき反応を示さなかった?データベースでの予測が外れたのかと思ったが確かに彼は僕の運命であると直感で分かったのに。

「えっスティーブンさんって運命だったんすか」
「分からなかったのかお前」
退院後もまるで何でもないかのように過ごしているものだから、とうとう馬鹿げた確認をする羽目になった。分かるだろう、側にいればこいつだと。逆になぜ分からない。鈍いとかそういう問題じゃない。
心底驚いた顔をしているものだから呆れてため息しか出てこない。
「でもスティーブンさんだって普通じゃないですか。運命の番ってもっとこう、視界が変わってわーってなるもんだって聞きましたけど」
「そりゃ効き目抜群の薬を服用してるからだ。それより君はどうなんだ。薬を飲んでる訳でもないだろうに分からないのか?」
こてんと首を傾げていた少年は弾かれたように「ああ!」と手を叩いた。
「この眼が原因かもしれないです。それ以外に思い当たる節もないですし」
パカリと見開かれた瞳は人のそれではない。人智を超えた先の物が原因ならどうしようもない。
良かったじゃないですかと目の前の運命は笑った。
「だってこんなちんちくりんの僕とアルファの典型みたいなスティーブンさんが運命の番だなんて悲惨で目もあてられないでしょう?けどお互いに自制が効くならちゃんとした好きな相手と一緒になれますよ!大勝利じゃないですか!」
ピースピースとはしゃぐ姿に確かに大勝利だと頷く。
「男は趣味じゃないしな」
「僕もおじさんより女の子相手が良いです」
「おっとこんなところに良い肘掛けが」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
知らないのか?肘掛けは喋らないし動かないんだぜ少年。


ところで薬というものは基本的に効果が強ければ強いほど副作用も強くなる。ほぼ毎日の様に飲んでいればその分副作用の負債は蓄積されて行くし逆に効果は鈍くなって行く。当たり前だ。
3日前あたりから頭痛と吐き気が急に来た。ぐるぐると脳みそをシェイクされてる感じ。最悪な感じ。
もう今日が限界値だとは理解していた。だって視界がカーニバルだ。彩色も怪しい。ピンクの象が見える。トラウマ映像のアレ、分かる奴いる?眼が空洞のピンクの象。体を楽器みたいにしてふにゃふにゃ動く奴。気持ち悪。製作者の中にドラッグをキメてる奴でもいたんじゃないのか。

「さぁスティーブンさん問題です。ここにソニックは何匹いるでしょう」
「5匹」
「1匹だわ重症だわ馬鹿野郎。速やかに仮眠室へ行ってください。今すぐに。GO!」
「違うそんな筈はない。あれだ、音速で動いているんだろう、残像が5匹に見える訳だ。つまり僕は正常だ」
「ソニックは良い子にお座りしてますから残念ですけど貴方は異常です。クラウスさーん!この人運ぶの手伝ってくださいクラウスさーん!」
「馬鹿やめろ今ここで俺が寝たらクソッタレなテロ組織の壊滅作戦が…」
プスリと首元に何かを刺された。背後を取られるなど不覚と振り返ればギルベルトさんだった。彼相手なら仕方がない。手に持っているその注射器は麻酔だろうか。
起きた時は覚えていろよクソ餓鬼めと目の前の少年に文句を垂れる前に意識を失った。
そして僕はしっかりと8時間睡眠を貪った後に起きた。とっくに夕方になっている。ああああ、テロ組織が、あああああああ。


「よく寝れましたか?」
「腹立つくらいにはよく寝れたよ最悪だ」
「そりゃ良かったですね。ちなみに作戦の方は問題なく終わったそうですよ。ブリゲイドさんが打ち上げに来るか聞いてますけどどうします?」
「行ける訳ないだろ」
「そっすか」
少年はズリズリと椅子を引いて近づく。
ふわりと甘い香りがした。この子供は香水なんてつけない。何の香りか解ってしまい思わず眉間にしわを寄せる。
「匂います?」
「チョコキャラメルフラペチーノみたいな香りがするね。胃もたれしそうだ」
「魅力的ですか?」
「甘いものは嫌いだよ」
満足そうに少年は鼻を鳴らすと「まともな感覚の内に話し合いしましょうよ」とカレンダーをひっつかんで来た。スケジュールを確認しましょう。出来るだけ僕とスティーブンさんが会わなくていい様にしましょう。会わない日が分かっていれば薬を無駄に飲まなくて済むでしょ。
「スティーブンさんったら平気な顔してるもんですから抑制剤の事すっかり忘れちゃったじゃないっすか。具合が悪いの、僕のせいなんでしょう?言ってくれなきゃこっちじゃ分からないんすもん」
軽い調子で言う割に表情に罪悪感がありありと浮かんでいる。端くれといえども君もライブラの一員なんだぞ。そんな分かりやすい顔してどうする。
お前のせいではないだろうに。頭をくしゃくしゃに撫でてやれば言わんとする事が分かったのだろう。下手くそな笑みを作る。
「ほんと、面倒ですよね。こんな煩わしい運命なんて無ければ良かったのに」
「全くだ」
僕らが運命でなければクソみたいに重い副作用でダウンする事も無かったし、君にそんな顔させる事も無かったはずだ。運命を抜きにして、そこそこ気に入っている子供と明日からは物理的に距離まで離れる。疎遠になってしまうのだろう。たわいもない会話や軽いスキンシップすら無くなって、距離のある上司と部下に戻って全部リセットされてしまうんだ。嫌だなぁ。と小さく呟くと少年が困ったように笑った。僕も嫌だなって思います。けど仕方ないですからこればっかりは。
運命を呪ってやりたい気分だった。


ザップに置いて行かれたままあんぐりと口を開け呆然とする少年は「ありえねぇ…ありえねぇ…」と恨み言を吐いている。
頭のてっぺんからつま先までボロボロだ。随分酷い目にあったらしい。
何だ、僕と同じじゃないか。
「傷の手当てをしてやるから家においで」
「や、でも」
「軽い薬なら飲んである。僕も疲れてるんだ、間違いなんて起きないよ」
それならと頷いた少年を連れ帰って、風呂に押し込んだ。
来客用のバスローブを取り出したが裾も袖も余ってしまいそうだ。余分な寝間着がないかクローゼットを漁ればビンゴパーティーで当て、持て余していた洋服一式があった。
7色のグラデーションにサンタクロースがkill you!と中指を立てているクソダサいデザインを除けばサイズも丁度良さそうだ。実は女物という事は黙っておけば問題無いだろう。
程なくして脱衣場から「何コレだっせぇ!」と悲鳴が聞こえて小さく笑った。
さぁ冷めてしまった料理を温め直そう。彼なら喜んで食べてくれるはずだ。

疲労も相まって感覚は鈍く、おかげさまで何の問題もなく彼の隣にいる事が出来た。
風呂上がりだからか、彼の香りよりも使い慣れたシャンプーの香りの方が強い。清涼感のある香りは目くらましにはちょうど良かった。
「地獄に仏って言うのはこういうことを指すんですね」
「それってジャパニーズことわざ?君変な知識ばっかりあるなぁ」
「いやいやだって聞いてくださいよ!本日の不幸列伝!」
身振り手振り忙しなく話す彼に適当に相槌を打つ。
心の中で「僕も今日は散々だったんだ」と呟いた。信じて裏切られてを何度繰り返すのだろう。今度こそ今度こそと築き上げてきた関係はあっという間にバラバラに砕け散るんだ。
「スティーブンさん?」
「ん、何だい?」
マシンガントークを繰り広げていた彼はマジマジと僕を見つめて、それから「今日は疲れましたね」とだけ言って食事を再開した。そうだよ今日は疲れた。表情から何を読みとったのかは知らないが、無駄な質問は一切寄越さなかった。良い判断だ。
「ゲストルームは自由に使ってくれ。どうせ僕は午前休だから遅くに起きたって構わない。ま、今夜ばかりは夜更かししないと思うけどね」
「ふぇい」
正直今にも寝落ちそうな返事に苦笑する。きっと僕が部屋を出た瞬間ベッドになだれ込んで爆睡するんだろう。

おやすみなさいの挨拶を交わした時だった。
「スティーブンさん」
「ん?」
おまじない、してあげます。きっとよく寝れます。
「悪い妖精は外、中は暖炉、閂は朝まで抜けない」
彼は僕の手をとり指先でトントントンと3回叩くと息を吹きかけ軽く撫でた。それだけ。それだけのことだった。
呆然とする僕に笑って背中を押し出す。バタンと閉じられた部屋からは直ぐに消灯の音がした。何だ今のは!?
釈然としまいまま眠りについて、気が付けば朝だった。驚いた。
こんな日は悪夢を見るのがお決まりのパターンだったのに、悪夢どころか夢さえ見なかった。
「おまじないって言ったじゃないですか。疲れてると嫌な夢見たりするでしょ。気休めだったんですけど効果ありました?」
素直に頷くのも何だか癪で、代わりに朝食のパンに付ける目玉焼きを彼には2つ乗せた。

裏切られた次の日というのに調子が良くて、気分はスッキリと晴れやかだった。
別におまじないのおかげとは思っていない。呪いの類は確かに存在するが少年のアレは本当にただの気休めで、そこに効果なんてものがあるとは思えなかった。
だから、これはもっと別のものなのだ。ふわりと浮上して、違うと頭を振る。あの夜は感覚の全てが鈍っていた。オメガとか、アルファとか、そんな話ではなくて。そこまで考えて思考に蓋をする。これ以上は止めておけと理性が働いた。直感とも言える。
だから僕はそれに従った。
目を背けることに関してはプロなのだ。押し殺すのは得意だった。
だから目を向かせようと運命が悪戯をした結果が彼の苦痛だと言うなら蓋なんてすべきじゃなかった。どちらに転んでも後悔ばかりだ。


事務所に入った瞬間これは危険だと分かった。

甘ったるい香りが充満し、足元がふらつく。床には少年が倒れていた。喘ぐ声に発情期が来ているのだと知る。こんな時に限って僕ら2人しか居なかった。薬は飲んでいるが軽いものだ。汗がポタリと床に落ちる。
指先が触れそうになってぎゅうと握り潰した。
堪えろ。ここで襲いかかればこれまでの努力が無駄になってしまう。勝ち得た信頼を裏切る事になるんだぞ。お前の大嫌いな裏切りだ。理性が獣の手網を必死に握る。離すな離すな離すな。
もたつく手で彼のゴーグルを首元に合わせてキツく締める。とりあえず最大の事故は防げるだろう。息苦しさと安全なら後者だ。これは我慢してもらうしかない。
K・KにSOSのコールを鳴らして置けばきっとここへ来るだろう。番がいる彼女ならその後を任せられる。それまでは僕が。
少年は顔を真っ赤にしてもがいている。自身の生成した毒で自らを害するようなものだ。
手刀で意識を落とす事も考えたが僕自身の今の状態じゃ危険に思えた。加減を調節出来なきゃ折ってしまう。
アルファの巣窟であるライブラにオメガの抑制剤なんてものは置いてない。ふらついた身体で机の引き出しを漁る。あった。過度に強い睡眠薬は昔に数度使ったきりだった。中毒にならないよう医者から再三注意されたのはニューヨークがひっくり返る前の事だ。
「飲みなさい」
口の中に突っ込むが上手く飲み込めないでいる。舌打ちと一緒に口付けた。
オメガの性を利用するのは卑劣だが仕方がない。拙い求めに応じて唾液ごと飲み込ませる。口の中をまさぐってカプセルが残っていないのを確認してから唇を離した。唇と唇を糸が繋いでいたが、距離を取ればプツリと切れた。
「…うぁ、ごめ…なさい」
「っは、辛いなら喋るな」
喘ぐ彼の目から涙がこぼれ落ちた。不条理と不甲斐なさ、精神を裏切る身体の浅ましさを凝縮したそれは次から次へとこぼれ落ちる。
「こんな、つもりじゃ、おれ、うっ…ひっ…」
「分かる。分かるよ」
背中を一定のリズムで叩いては早いとこ眠ってくれと祈った。懐に入れた人間に限って涙の拭い方を知らない。情報だけの女の様には扱えない。だから早く眠ってくれ。
窒息しそうな甘い香りよりも涙の方がよっぽど堪える。彼が眠りについたのはほんの数分後だったが、僕には永遠に感じられた。

K・Kは良く耐えたわねと珍しく褒めた。
重武装で扉を開け放った彼女は僕の頭に風穴を開ける覚悟で来たらしい。
運命の重力に逆らえると思ってもみなかったのだろう。信用とはまた別の問題なのは分かる。分かるがそこまでするかと文句の1つ位は言いたかったが大人しく黙った。
そうだ。あの場で適切な行動が取れたのはひとえに獣欲に勝る感情があったからだ。
きっとその感情が無ければ彼を犯し噛んだ。断言出来る。
身体に刻まれた狂った性質に打ち勝ったのは愛だった。本能を上回る愛。彼と出会う前なら馬鹿馬鹿しいと一笑に付したはずだ。
笑えない事実に今度は僕が泣きたくなる。
終着点は同じなのに愛という理性は彼を求める本能を押し止めなければならない。厄介、実に厄介だ。だがブレーキが壊れる心配はない。非合意に彼を犯すよりも首を括った方がマシだからだ。

問題は彼が僕を受け入れるかどうか。
アルファのフェロモンは彼には効かないし酩酊状態の彼を手篭めにしたい訳じゃない。同じ好きが欲しい。遺伝子に仕組まれたものじゃなく本物が欲しいんだ。
だが如何せんハードルが高い。同性、年の差、上司部下、金銭格差、運命。
初手から詰んでいる。特に最後。厄介者め。こんなものがあっては返事は決まってる。

「スティーブンさん、それ勘違いですよ」

おろおろと申し訳なさそうに見上げてくる顔は久々で、すっかりあの日感じた艶かしさは消えている。でも魅力的に思うのは僕の見方が変わったからだ。

渡した百合の花束は長靴にぶち込まれた。花瓶もセットで持ってくるべきだったな。
「運命のせいで、この気持ちは虚構だって言いたいんだろ」
「自分でわかってるじゃないっすか」
歯噛みしたい気持ちとはこの事だ。
「じゃあ具体的に好きなところを述べるべき?」
「長所にフィルター掛かって履き違えてるだけです」
「それじゃあ何言っても勘違いになるだろ」
「だから勘違いなんですってば」
少年の言葉は戸惑いと疑いに満ちている。
貴方は間違えているのよ、さぁ目を覚ましましょう?いつもの坊やはそんな言葉言わないでしょう?クソが。子供を諭すのと同じだ。
「勘違いじゃないよ、全く。その考えをとっぱらわないと何をしたって悪魔の証明になっちまう」
頭を掻き毟って喚いた。分かっていた事だし予想もしていたが思いを懇々と否定されるのは辛い。
「仮に、ですよ。スティーブンさんが僕を本当に好きだとしてもイエスは返せないです。だから最初から証明の必要も無いんすよ。本物でも偽物でも関係ない」
「関係あるさ」
一歩前に出る。
「まず一つに僕は1度拒絶されたくらいで諦める男じゃない。君が僕を好きになってくれるように努力を怠るつもりは無い。けどそれには君の気持ちが重要だ。いくらアピールしても君の中で偽の感情で動いてるだけだと考えているなら僕の努力は無駄になってしまう。偽りはどこまで行っても偽りでしかない。君の心が揺さぶられる事は無いだろうな」
でも本当だと、本物だと分かっていたら?
「君の事だ。多少は僕の気持ちに真っ直ぐ向き合ってくれるさ。そこに可能性がある。僕はそこに賭けるんだ」
疑われたままではスタート地点にすら立てやしない。
跪いて血色の悪い手を取った。
「信じてくれ、レオナルド。この想いは運命じゃない」
「でも…」
「番にならなくていい。項は噛まない。本能が獣の様に君を喰い殺すのなら理性でもって口枷を付けようじゃないか」
そうだ。運命だからなんて理由じゃない。身体を貪るだけの相手にはしたくない。ただ君の隣で生きて老いて死にたい。床の上で死ぬ事は出来ないと諦めた僕が君に看取られたいと思ったんだ。
革命だよ。スティーブン・A・スターフェイズという男の中で革命が起きたんだ。符丁は前からあった。確信はあの日の夜。受け入れたのはほんの数日前。
視線で彼を真っ直ぐに射抜く。神様の目なんだろ。だったら嘘か誠か確かめてくれよ。
「んな事言われたってわっかんねぇっすよ」
「なら理解してくれるまで説明してやる」
「俺馬鹿ですよ」
「知ってる。ずっと見てたからな。でもザップよりは賢いだろ」
「どんぐりの背比べです…って自分で言ってて悲しいなこれ」
俯いたレオの耳はほんのり赤く染っていた。
うん、嫌われてはいない。恋愛感情までは行かなくとも憧れと尊敬の好意を持っているのは知っていた。そこから一歩踏み出して欲しいのは僕の我儘だ。
「友達からでもいいんだ。最後に恋人になってくれるなら」
「死ぬ直前まで友達かも」
「流石に長いな、半年でどうだ?」
「早い早い早い早い!つかそれだといずれ恋人になるの確定だし!」
「その通り、確定だ。君が振り向いてくれるまで諦めない。時間の問題さ」
「むちゃくちゃな」
呆れ果てる瞳にはまだ疑いがある。
部屋に入った時よりはマシだが全部が全部信じちゃいない。
「なぁ、レオ。疑いはどうすれば晴れる?僕はクラウスに誓って君を愛してると言えるんだ。それ以上の手持ちは無いよ」
「…貴方が僕を愛してると言ってる事自体が有り得ないっすもん。それこそ運命だと言われなきゃ納得出来ないくらいに」
「この世界において、有り得ないことなんてのは有り得ない。容姿も金も力も揃ってる男が同性の、それもチンクシャなチビ助のガキに惚れる事だって有り得るんだよ」 「わ、悪口!」
「的確に言えてるだろ。正常の証さ。運命じゃなくともチンクシャでチビでガキのレオナルドに惚れてるんだ僕は。例え君がアルファだろうがベータだろうが女だろうが変わりない」
「ううぅぅ」
「観念してくれよ、僕のサファイア」


「いや、おめぇそれで1ヶ月で婚約てどうなってんだ陥落するの早すぎだろ」
「番契約はしてないんで!してないんで!セーフ!セーフです!」
必死に弁明するレオナルドの左手にはシンプルな指輪がはめられている。
契約よりもそっちの方がヤベーだろ。アウトだアウト。

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