ホラー

「運命の相手の顔が見たい」と言い出して聞かない妹にレオナルドはついに折れた。
女子の間で流行っているらしい。何でも深夜0時にカミソリを咥えて水桶を覗き込むそうだ。カミソリは危ないからとカバーのついた鋏にさせておいた。
両親が眠ったのを確認して、ベッドから2人して抜け出す。
暗い夜の家は勝手知ったる物でも少しドキドキした。

桶に水を張った所でミシェーラが言った。
「お兄ちゃんもやろうよ」
僕は妹が怪我しないように後ろから見守るだけのつもりだったが、彼女は一人でやるのは不安らしい。仕方なく深皿に水を張ってカミソリの柄を慎重に咥えた。
兄妹二人、おかしな構図だ。

…5、4、3、2、1
水を覗き込む。覗き込んで驚嘆した。
映るわけもないものが映っていた。
僕はアっと声を上げて深皿の中にカミソリを落としてしまった。

その後、僕らは犯行現場を片付けてベッドに潜り込んだ。カミソリは見つからなかった。
言い出しっぺのミシェーラはつい目を瞑ってしまったそうだ。それが良い。そうあるべきだ。
だから僕も何も見ていないと言った。
その夜ついた嘘は胸の奥にしまい込んで、学校を卒業した頃にはすっかり忘れてしまっていた。


所で話は変わるんだけど、最近職場の上司と仲がいい。
容姿から財布の中身まで正反対と思っていた彼は切っ掛けさえ掴めば案外気さくで、今日も楽しくお泊まり会だ。
飲みやすいワインをポンポン開けては注いで来るので饒舌になるのは致し方なかった。普段なら決して聞かない事も聞いてしまう。僕の頭は茹だっていたのだ。
「スティーブンさんのー、その傷ってどうして出来たんですかぁ?」
彼は一瞬驚いたように目を見開くと、楽しそうに笑った。上機嫌だ。
「ふふ 知りたい?」
大袈裟に頷くと、彼の目はニィと三日月みたいに細まる。
「カッコイイ話じゃないよ。戦闘でついた傷でも大層な物語があるわけでもない。レオナルド、それでも知りたい?」
「知りたいに決まってるじゃないですかぁ」
「そこまで言われたら教えないわけにはいかないなぁ。その代わり、この話は君と僕だけの秘密にしてくれるかい。誰にも言わないって誓える?」
僕は間髪入れずに返事をした。
「喜んで!」

子供の頃の話だよ。
運命の人の顔が見えるお呪いってのがその当時流行ってたのさ。聞けば母の代でも流行っていた時期があったらしくてね。へぇ、少年の時も?流行は繰り返されるものなんだな。ともかく、僕は何の気なしにそれを試して見たのさ。暇つぶしも兼ねてね。寝付きの悪い子供だったからな。
刃物をくわえて、水面を覗き込んだ。何も起こらないと思うだろ?でもそうじゃなかった。
秒針が重なって時間になる。するとどうだい、水面には男の子の姿が見えた。
どうやらこのお呪いは本物だったらしい。僕は本当に驚いたよ。しかも同性。
けれど映ったことに驚いたのは僕だけじゃなかったみたいでね。水面に映った男の子は声を上げてカミソリを落としてしまった。
落とされたカミソリはどこに行ったかって?僕の方へ落ちてきたんだ。
本当さ、なんなら書斎の引き出しに閉まってあるよ。持って来てあげよう。

待っている間、僕は震えが止まらなかった。記憶の底に沈めていたものが気泡と共に上昇する。思い出せ思い出せと記憶の扉をノックする。正直吐きそうだった。
そんな僕を尻目に、戻って来た彼は上等そうな箱を渡して言った。
「この日をずっと待っていたんだ、運命の人。そのカミソリは君の物だろうレオナルド」

男がうっそりと笑うと僕が付けた傷跡がいびつに歪んだ。

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