死ネタ/しょたおに

リセット

レオナルドには昔、些細な事が理由で喧嘩別れをした恋人がいた。
恋人は男で、所属していた組織の上司だった。
本当に嫌いになった訳でも本気で別れるつもりでも無かったが、別れ話をした数日後には奇跡的連続が重なりHLに来た目的を遂げてしまった。
義眼を失った本来の瞳ではこの街で生き残る事は不可能に近い。
それは組織の誰もが理解していた。都合よく家族から故郷行きのチケットが送られて来た事もあり、飛行機に飛び乗った。
元恋人は何も言っては来なかった。その時はそれを残念に思った。

結局のところレオナルドにとって男は心残りだったのだろう。
気がつけば独身のまま、初めて出会った時の恋人の年と同じ年齢になっていた。賑やかな街から離れたど田舎に居を構え、一人暮らしていた。
妹からは「良い加減に恋人の一人でも作りなさいよ」と電話が来る。
返事はいつも曖昧な言葉を返した。
自分だって過去の未練を断ち切りたいが、その機会というものはなかなか来ない。だから困っているのに。

そんな似た様な日常を繰り返していた折に、隣の空き家に人が越して来た。
洗濯物を干していると視線を感じ、顔を上げた。
生垣の隙間からは子供がじっとこちらを見つめていた。思わず叫んだ。
別に子供に覗かれたくらいで叫ぶ肝の小さい男では無かった。問題は子供の顔だった。顔に傷がない他はかつての恋人がそっくりそのまま子供になった見た目をしていたのだ。もしやあの男はその後に結婚し、子供を作り、そして偶然自宅の横に引っ越して来たのだろうかと思案したものの、その考えは空振りで両親は全く知らない他人であった。
他人の空似にしても恐ろしいほど似ている。クローンと言われた方が納得出来るくらいだ。さらに面白いことに子供の名前は元恋人と同じ名前だった。自己紹介された時に吹き出してしまったのは仕方なのない事だ。
子供は怪訝そうな顔をしていたがこればかりは仕方ない。

子供は、───スティーブンはレオナルドによく懐いた。勝手に上がり込んでは自宅の様に寛いでいたりと自分勝手で、時折あの男を連想させる。
おまけにレオナルドの事を昔から知っているかの様な態度を見せる。本当はあの男の隠し子で自分の情報を横流しされているのかもしれないと考えた事すらある。
癖や秘密にしている事をピタリと言い当てられたりなんかすると、驚きよりもゾッと冷たく背筋が凍る。家族ですら知らない、だけど暗く静かな部屋で男にそっと打ち明けた秘密。なぜ知っているのは問い質せなかった。
それでも隣に居座るのを許しているのは彼が男に似過ぎているからだろう。

ふと思い立って、昔の知り合いに連絡を取った。電話口の先から聞こえるけたたましい音に相変わらずだと笑ってしまった。
「すみませんザップさん、少しだけ聞きたい事があって。スティーブンさんってもう結婚されてますか?もしくは子供が居るとか…ややや、何となく気になっただけなんですけどね!」
尋ねた途端、戸惑う様な不自然な気配を感じた。しばらく間を空けてから大きなため息が聞こえる。
「お前には黙っとく様に言われてたんだけどよ、まぁ10年も経てば時効だろ。番頭な、死んだんだわ。お前がここ出て数ヶ月後に」
ハクハクと言葉を飲み込もうとして喘ぐ声が漏れた。
勘違いすんなよ、お前のせいじゃねぇからな。戦闘中の事故だ。お前にゃ何の関係もねぇ。ただ旦那がショックだろうからって気を遣ってだな…」
後の言葉は耳に入らずに受話器を落とした。眩暈がしてその場にしゃがみ込む。

トン、と肩を叩かれた。スティーブンが笑って立っていた。

「あ、ご、ごめ…来てたんだね、喉乾いてる?今お茶でも出すか「ねぇレオ」
小さい手がゆっくりと背中を撫でる。優しい手付きなのに不思議とゾワリと鳥肌が立った。
「大丈夫さ、僕らは何度でもやり直せるんだ。君だってそのつもりだったんだろ?えらく時間が掛かってしまったけど上出来じゃないか」

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