キティ

少年がわうわう泣きながら土下座した。ブリーフィングの予定時刻から短針が2周も過ぎている。
一昨日は公園の木の上で3時間昼寝。
昨日は胃の限界量を超えたピザを4時間かけて完食。
今日は前日の夜から昼前までぶっ通しでゲーム。
レオナルド曰く、その間の記憶が共通して無いそうだ。
意志に関わらず気が付けば木の上に。膨れた腹と空の財布。知らぬマップのクリア画面。
思い当たる節も無く、最初の記憶が無くなる前日も普通に事務所からバイト先へ。帰りに近所の野良猫にピザの耳をやって帰宅。愛人宅から追い出されたザップが侵入し、冷蔵庫の中身を食い尽くされ項垂れるも就寝。普段通りだったという。
泣き過ぎて半液状化した少年を引っ張り検査を受けさせたが異常は無いと判断され帰された。呪術を取り扱う店も同じくだ。どいつもこいつも使えやしない。
彼の奇行も続いた。


連絡を受け、いい加減に締めることにした。堪忍袋の限界でもある。脳裏に浮かぶのは何も無い路地裏で一人話す少年の姿。お人好しの大バカ者め。

GPSが示した先は日当たりの良いカフェだった。
テーブルの上にはケーキがずらりと並んでいる。
「Mr.キャット?それともMrs.キャットかな?」
向かいの席に腰掛けると食事の手を止めニヤリと笑う。
「Mr.キティとでも呼んでください」
「ではMr.キティ、急で申し訳ないが本題だ。彼の身体から早急に出て行って貰いたい。仕送り分の金にまで手を付けられたらレオナルドが参っちまう。君の恩返しを彼は酷く迷惑に思っている」
「まさか!」
「そのまさかさ。的外れな善意は誰だって喜びやしないだろ」
キティは小さく呻いて顔を覆った。
「レオはさ、たまーにピザの端っこを分けてくれたりしたんだよ。カリカリしてて美味しくて、路地裏に住んでる僕らからしたらご馳走なんだ。あと耳の裏を掻いてくれたりするのも結構気に入ってたの。キティって呼んでたのもレオなんだ」
「そりゃ羨ましい話だな」
「そうでしょ。でさ、レオっていつも大変そうなんだ。きっと生きてく楽しみ方を知らないんだよ。僕らは本能で分かってるけど人間は違うでしょ?それにこんな街だからきっと誰も彼に楽しみ方を教えていないんだってそう思ったの」
「それがこの結果?」
コクリと頷く彼は涙目だった。中身が合っていれば迷わず頭を撫で回しただろうに。
「猫にとって昼寝して腹一杯食べて遊ぶってのは極上の生き方だろうけど生憎僕らは人間だからね。それと妹さんへの仕送り金に手を出すのは不味かったな。挙句自覚が無い楽しみなんて無意味だ」
「怒られるかな」
「さぁどうだろうね。記憶がないんじゃ怒るものも怒れないだろうよ」
しょげかえる姿はいっそ哀れだ。
「確かに少年は自戒が過ぎる所はある。が、彼は僕が甘やかすから何の心配も要らない。さっさと虹の橋なり何なり渡ると良い」
「甘やか…おじさんってレオの何?親猫?」
「その顔でおじさんと呼ぶのはやめてくれ。Mr.キティ。君が逝った後に血よりも濃いもので繋がる予定なんだ」
「分かったよ。玉砕しないように祈っておくから代わりに感謝と謝罪を伝えておいて」
「その位なら喜んで」

一拍置いて耳元でニャアと鳴き声がした。
ぼんやりしていた少年の顔が段々と青ざめる。

「あの、俺、まさか」
「少年。君の博愛精神溢れるゲリラ的交流がゴーストにまで及ぶなんて僕は心底感心しているよ。参った参った。化けて出るほど慕われるなんて素晴らしい人徳だ。感服の至りだね」
「あああぁぁごめんなさい!!わざとじゃないんですぅぅ!!」
咽び泣く口に問答無用でケーキを突っ込んでいく。
何はともあれ無事解決だ。ケーキなんて祝いにはもってこいだなぁ少年。ほら君の金で買ったケーキだ。泣くほど美味いかそうかそうか。
普通に叱るよりもこちらの方が堪えるだろうと思ったが如何せん嗜虐心を擽る。最後の一皿が空になる頃にはぐったりと萎んでいた。

「さて、素寒貧のレオナルド・ウォッチ。満腹の所悪いがディナーのお誘いに乗ってくれるかな?」
担ぎ上げると「ぐぅ」だの「おぇっ」だの鳴き声が聞こえた。

恐らくは「はい喜んで」という意味だろう。

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