龍アリ/カシアリ

特別な日

その日は珍しくアリババ殿を見なかった。

こんな広い宮殿に日に何度も遭遇するのもどんなもんかと思ってしまうが彼とは嫌に毎日会っていた。
毎日が続けばそれは習慣になるし、習慣が崩れれば人間不調にもなる。特に意味もなく彼を捜そうと思った。
しかしどうしたものか。
探せども探せども彼は見つからない。夕刻は過ぎた。夕餉になっても彼は居なかった。誰も気にするものはいなかった。
なんだか人に聞くのはルール違反の様な気分だがそっちが手っ取り早いと食事を終えたアラジン殿を捕まえた。
朝からアリババ殿を見かけないのですが。
そう言えばアラジン殿は少し困った顔をして、きっと明日にはまた会えるよと言った。今日では駄目なのか。
何故明日なのかと聞けば今日は日が悪い、あまり詮索するなといった意味合いの言葉を何十にも布で包んだ返答。
彼はとても幼く見えるが時に大人なのような顔をする。そして自分のおうさまに関する事となると尚更。
結局自分はその返答を素直に受け取りはしなかった。誰も居ない回廊をコツコツと歩く。
星一つない曇天の夜だったから、均等に並んだランプの明かりだけではその色は見逃してしまいそうだった。
草影に小さく動いた探し物に俺は近寄った。声をかければ振り返った。目元は腫れぼったく急いで涙を拭ったのか瞳はまだ潤んでいた。黄金の瞳にランプの火がゆらゆらと映っていた。
「何お前、こんな時間までどうしたんだよ」
「ちょっと探し物をしていまして」
「見つかったのか?俺も探すの手伝おうか?」
「ちょうど見つかったので心配はいりませんよ」
なら良かったなと彼は朗らかに笑った。釣られて俺も口角を上げた。
ところでアリババ殿こそこんな夜遅くに何を?
夕餉にも居なかったでしょう?聞くとばつが悪そうに笑った。そういう日もあんだろ。そうですか。
しっしと犬に対する様な仕草でさっさと寝ろと言われる。アリババ殿も戻りましょう。常夏の国と言えど今日は冷える。
けれども彼は動かない。
もう少しここに居る。なら俺もご一緒します。ご一緒すんなよ部屋戻れよ。アリババ殿が戻るのなら。なんなんだお前今日無駄にしつこいな、戻れよ。嫌そうな顔で言われると少し傷つく。
「このまま戻ってしまうとアリババ殿が泣きそうなんで」
「なんで泣かなきゃならねぇんだよ意味わかんねぇ」
確かに。何故自分が立ち去るとアリババ殿が泣くのかは説明出来ないなと思った。しょうがないので直感ですと回答。
追伸。俺がここに来るまではあなた泣いてたんじゃないですか?

アリババ殿は非常に困ったのだろう。眉をきれいにハの字にさせていた。
「今日はちょっと特別な日でさ、から泣かないといけないんだ」
泣き顔みられんのって恥ずかしいじゃん。からお前部屋戻れよ。察し悪い奴。
「どんな特別な日なんですか?」
うるさいなぁ、お前にゃ関係ないんだから本当早くどっかいけって、明日には大丈夫になってるから。あと一、二時間だけの問題だからさぁ。
ほれほれさっさと帰れと背中を押す。が、奴はくるりと回って俺の手を取った。
まっすぐに顔を見られる俯くと覗き込まれた。こういう時ばっかり俺と向き合おうとするのは卑怯だ。卑怯者。心の中で罵る。
「泣いていた理由を聞いても?」
「いやだ」
「何故ですか」
「話しても意味ねぇから」
「話せば心が軽くなると聞いた事があります」
「軽くしちゃいけない内容だから却下しまーす」
白龍は不機嫌そうになった。だって親友の命日だからわんわん泣いてますーって言ったってどうしようもないだろ。
人に話してアイツが帰って来るならとっくにそうしてる。
「ならせめてそばに」
「そばにいたら泣けませんって」
益々不機嫌な顔になった。お前はどうしたいんだよ、まったく。アラジン達はそっと距離を置いてくれたのにお前だけだよ変に近づいてくる奴は。
ありがた迷惑って声に出さず口だけ動かしたら白龍は切れたのかなんなのか。俺を問答無用で担ぎ上げてどっかに歩き出した。おいおいよく持ち上げられたな。筋トレ頑張ってんじゃんよーしよしよし。

ぼすんと寝台に投げられた。覆い被さられて影が落ちる。何する気よ!強姦だわ最低だわ!キャー変態!と脳みそだけ楽しそうに騒いでたけど体はぐったりしていた。泣き過ぎたんだろう。
抱きしめられて天井がよく見えた。皇子様の部屋だけあって装飾が美しかった。耳元で白龍が長く息を吐いた。
「俺じゃあ頼りになりませんか?」
小さく頷くと余計抱きしめる力が強くなった。
「白龍あのさぁ」
「はい」
「頼るってのはさ、俺の重荷を共有しなきゃいけなくなるじゃん」
「はい」
「それってちょっと怖いんだよな」
「はい」
「だからごめん」
「ですがアリババ殿」
なに、って聞くと少し間を置いてから頼られないのは寂しくて悲しいと言われた。その言葉まんまお前に返すわ。
黙って天井を見つめてたらまた泣けて来た。カシムだったらどうしたろうか。あいつにだったら頼っても怖くないって思えたかもしれないけどやっぱり駄目だったろうか。俺には頼ってくれただろうか、きっとあいつは一人でどうにかしようとしたろうな。
俺たちが頼り合えたのはもっと幼い時だった。今じゃ駄目になっちまったから死んじまったんだよな。二人とも怖がらなければ違う道に行けたろうか。
後悔ばかりだ。

「アリババ殿」
「なに」
「日付、もう変った頃だと思います」
涙は急には止まれないんだよ。もう少し泣いてるから黙って抱きしめとけよ。
白龍は少し耳元で笑ってからまた俺を抱きしめ直した。
ほんのちょっとなら頼っても良いかもしれないなんて思った。

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