ジャファアリ/パロ

いつかの話

相席してもいいですか?

やけに整った顔をした銀髪の男の言葉に頷いた。
ここらは道が悪いからキャラバンと同行させてもらうのが一番良いのに通りが少なくて仕方ない。
ぎゅうぎゅうに混んだ荷台にひとり増えると益々せせこましいが旅は道連れ世は情けとアリババは考えた。
男の名前はジャーファルと言うらしく、各地を転々と旅をしているそうだ。
へぇ、君は商人なんだね。ついでに旅人もオプションで付けといてくださいね!1箇所には留まらないの?商人に一番いい国を探してるんです。だから世界を見て回る必要があるですよね、安定した所が見付かれば腰を下ろしますよ。なるほど、今回は一体何処へ?隣国のサバカの街にでも行こうかと。それは私と同じだね、霧の街だっけ?
はいと答えようとすれば悲鳴が上がった。
二人同時に小さな窓から外を覗く。君腕は立つ方?なかなか良い腕してますよ俺。それは最高ですね。
俺は盗賊なんてぎったんめったんに出来る余裕があったけどジャーファルさんはどうだろうか、なんてのは杞憂に終わった。頭領らしき男の頭を蹴りあげながら雑魚以下ですねぇと笑う彼に人を見た目で判断するのは止めようと思った。

それからキャラバンと別れて俺はるんるんだった。まさかここまで金が貰えるとは!
ジャーファルさんは用心棒にどうだろうかと討伐代に上乗せした大金を前に誘われていたのに断って俺の隣にいる。勿体ないと俺が言えば困ったように笑っていた。
入国手続きを済ませて早く宿で休みたかった。
綺麗な字ですね。横からひょっこり覗く彼に笑う。せっかくですから今夜は一緒に食べませんか?サバカに美味しい飯屋があるって聞いたんですよ、もちろんジャーファルさんの奢りで。私の奢りですか。たんまり金銭受け取ってるのを目の前で見ちゃったんですもん。良いでしょうそれくらい?
冗談のつもりだったのにまぁ良しとしましょうと彼が言うもんだからお言葉に甘えることにした。待ち合わせは日が落ちてから。
今日は何かと付いてるなと浮かれてしまう。
金はたんまりだし晩飯も奢ってもらえる。明日は祭りらしく宿は満杯だと思えば奇跡的に1室空いており万々歳だ!
鼻歌交じりに寝台にダイブ。日が落ちるまで時間はたんとある。睡眠も大事なんだぜ。

「どうしてですかおれはかくごなんてとっくにできてるんです」 「やめてくださいしぬかくごなんてそんなのいらないまちがってる」 「おれひとりとせかいはてんびんにかけるまでもないのにあなたはおかしい」 「そうですねわたしはおかしいのかもしれないだからきみをさらうよ」

世界から君を攫うよ。

飛び起きた。全身汗で気持ち悪い。
窓の外は日が落ちかけようとしていて俺は慌てて宿を飛び出した。

一通りのメニューを頼むとようやく落ち着けた。
「ちょっと仮眠とるだけのつもりだったのに」
「でも時間は間に合ったでしょ?」
「でもジャーファルさんは先に来てた!」
「暇だったからね」
それでも何だか悔しかったので俺は酒を一気に仰いだ。ジャーファルさんは普通の水だった。飲まないんですか?飲みませんね、弱いんですよ酒。
次々と運ばれて来る料理を摘みながら首をかしげる。
「うっそだぁ、だってジャーファルさん酔うと悪酔いってだけでお酒は強かったじゃないですか」
ジャーファルさんが目を見開いた。俺はさらに首をかしげるが途中であ、と気付いた。ジャーファルさんとは今日初めて会ったじゃないか。 酔っぱらいの戯言なんで気にしないでくださいねって今さらに乾杯する。ジャーファルさんは泣きそうな顔をして私も一杯頂こうかなと酒を追加注文した。
机の上の料理はあらかた食い尽くして俺は非常にご機嫌だったので話し手から聞き手に回ることにした。呂律が回らなくなったからじゃねぇってば。
私ね、実は追われる身なんですよ。楽しそうに彼が言うから俺もゲラゲラ笑いながらそりゃ大変ですねー!なにやらかしたんですかー!って遠慮なく聞いた。
「お姫様を攫ってきたんです」
そりゃロマンティックですね。そうでしょう?生贄にされそうになってたからね、自分でも柄じゃないと思ったんですけど気付いたらやっちゃってました。愛の力って奴ですね。
俺はキョロキョロと周りを見渡してお姫様が居ないと呟いた。ジャーファルさんはお姫様を攫った後に逃がしてその行方は分からないらしい。でもきっとそのお姫様はジャーファルさんに感謝してますよ。だって命の恩人なんでしょう?それはどうでしょうか、彼は生贄になる事を受け入れていた。私は無理やり彼を世界から攫いましたから。
おかげでほら、この世の理は狂って戦の帝国も南国の楽園もお姫様の故郷も全部消えてしまった。
俺は良く理解出来なかったので適当に相槌を打つことにした。
ジェンガって知ってます?アリババ君。
きっと彼は重要なピースだったんでしょうね。引き抜いたから崩れてしまったんでしょうね。でも後悔はしていないんです。彼に恨まれても嫌われてもどんな結末になろうと後悔だけはしませんよ私、じゃないと全部無意味になってしまいますから。
そう言って彼は突っ伏した。ぼやける視界を右にスライドすれば空のジョッキがゴロゴロ転がっていた。俺もジャーファルさんも大概酔っ払ってる。
ジャーファルさんを背負って支払いを済ませる。ズルズル足を引きずってしまうのはご愛嬌。頑張れ坊主と酔っぱらい共の声援を受けながら店を出た。
「ジャーファルさんの宿はどこですか」
「取れなかった、から野宿で…」
最後の方はもにゃもにゃと言葉にすらなってなかった。今日はどこの宿屋も満室だったのを思い出す。酔っぱらいを外に放置するほど非道じゃない俺は俺の宿泊するとこまでずるずるジャーファルさんを引きずっていった。宿につく頃には汗だくで酔なんて吹っ飛んでてジャーファルさんを寝台に放り投げると覆い被さるようにして俺も倒れた。
酔っ払ってるくせにジャーファルさんの肌が冷やりと冷たいもんだから暑がりの俺は頰擦りして身を寄せた。

昨日は随分ご迷惑をおかけしたようで申し訳ないとしきりに謝るジャーファルさんを無視して朝食を作る。携帯していたソースを塗りたくって朝市で買ってきた野菜とハムをパンに挟め、屋台で買ったジュースも付ければ完璧。
謝罪は十分ですからお詫びに祭りで何が奢ってくださいね?ジャーファルさんにパンを突き出すとなんなりとお申し付け下さいと回答。俺は満足げに笑った。
「祭りの日まで霧ですね」
「ここは霧の街ですからね!ランタンをどうぞ」
「どうも」
視界不良でも祭りは祭りだ。ランタンで周りを照らせば花と赤い木の実で飾り付けられた街が良くわかる。
あれやこれやと屋台で注文する。ジャーファルさんは少し財布の中身を気にしていたようだけど俺は躊躇いなく頼む。だってまだ肩と膝が痛い。
「ジャーファルさん、あっちで演劇があるそうですよ」
「見に行きますか?」
「もちろん」
街に響く音楽が大きくなる。霧が一層濃くなった気がして俺はカンテラを左右に揺らした。隣のジャーファルさんの顔ですらよく見えないのに演劇なんて見えるだろうか。
手を繋ごう。
隣を見ても表情は分からなかった。異常なほどに濃い霧。何度か手は空ぶってようやく彼の手に触れた。ジャーファルさん、ジャーファルさん、いつかの日にもこうして、こうして、なんだったっけ?やっぱり俺の気のせいです。

演劇は着いた頃には終わっていて、面白かったか観客の男に聞いた。
内容はどこかの国の王子様が人々のために塔から身を投げるものだったらしいが機材が壊れて命拾いをしてしまったらしい。あれは失敗だ、あの物語は王子様が死んで完成するんだから。
残念でしたねとジャーファルさんに言えば複雑そうな顔でそうでもないんじゃないかと言った。でも物語は未完成ですよ?憤慨すると果物を口に詰められた。誤魔化しましたねとは言わないことにした。

まだ昼過ぎではあったが宿に引き返した。
ジャーファルさんは夕方にはこの街を去るという。追っ手が近いと不満気に零していた。彼は追われている身と言っていたなと昨夜を思い出した。
俺はもう2週間ほど滞在する予定だ。
「見送りはいいですよ」
「急につれないんですね」
不貞腐れた俺はベッドにどかりと座り込んだ。荷物をまとめたジャーファルさんが騎士みたいに足元に跪く。意図がわからず彼を見つめた。
「見送りはいらないから一つだけ私の質問に答えて」
頷く。
「君は、アリババ君は今幸せですか?」
震えた声に俺は余計彼の意図が分からなくなった。
俺の幸せを確認する意味なんて無いと思う。けれども幸せかと聞かれれば好きな商売をやって何にも縛られる事なく旅をして世界を見て回るのはいつの日か思い描いていた理想だった。いつの日かがいつだったのかはもう思い出せないけれど。
「俺は幸せですよ?これ以上無いくらいに」
「ありがとう。それだけで私は生きていけます」
これからも君の幸せを願うよ。
祈るように言って彼が足先にキスするもんだから俺は気の抜けた間抜けな声が出てしまった。
くすくす笑うジャーファルさんに悪態をついて彼の背を押す。早く出ていっちゃえ!
「では縁があればまたどこかで」
「あなたの旅路が幸福であります様に!」
ひらひらと手を振る彼を模倣して不機嫌な顔でひらひらと手を振る。バタンと締められたドアを背にして部屋の窓に移る。
秒針が二周して彼が宿から出てきた。銀色の頭が霧に紛れて見えなくなるとぺたりと床に座り込む。
途端に目頭が熱くなってボロボロ涙が出てきた。
嗚咽だって止まらないし最低だ。
多分俺はあなたの事を知ってたよ。
覚えてはいないけれど知ってたよ。

「俺はちゃんと幸せですよ、ジャーファルさん」

呟いて瞳を閉じた。

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